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パリゴッホの家オヴェール Auvers sur Oiseガイド

パリゴッホの家オヴェールAuvers sur Oiseガイド

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パリから車で約1時間
ゴッホが最後に過ごしたここゴッホの部屋に行って来ました。


ラヴ-亭の建物は1855年に建設されて
お部屋は修理改装などは一切してないそうです。
当時は、カフェレストランでワインなども販売をしていたそうです。
現在はレストランのみの営業。
1階がカフェレストランで、2階は4つのお部屋があったそうです。
現在はお土産屋となってます。
3階は3つのお部屋があってそのうちの1つNO5のこちらの部屋に
70日間滞在したそうです。(ずっと同じ部屋)
1日3フラン50サンチ-ムで宿泊と昼ご飯、夕食がついて
ゴッホはほとんど毎日ラヴ-亭で食事をしていたと言われてます。

ゴッホはこの70日かんの間でたくさんの絵画を描き
80絵画、100枚のデッサンを描いたそうです。
実際にゴッホが絵 を描いたのは27歳から37歳までの10年のみと言われてます。
部屋は見ての通り狭く暗いので寝るだけのお部屋として使用してたそうです。
絵は外で描いていたそうです。
ゴッホがこの町に来たのは5月で気候もちょうど良かったというのもあります。
毎日朝5時に起きて、夜9時には寝てたそうです。
ゴッホは弟のテオが仕送りをしていたので極貧ではなかったと言われてます。
多くのア⁻テイストがこの町に集まり生活をしていて
ゴッホはカフェで色んな画家たちとお話をするのが好きだったそうです。
彼の一番仲の良かった友人はドクターガシエ、
彼はセザンヌ、ピサロの友人でもあったそうです。
ゴッホはドクターガシエやその娘さんも描き
また時々 彼の家でランチも一緒にしたきそうです。
当時この町はレストラン、ダンスホ-ル、カジノなどがあり
パリから近いので週末になるとたくさんの人で賑わったと言われてます。
ゴッホは色んなところを転々としていて実際に38回引っ越しをしてるそうです。
7月27日にお城の裏側でピストルを自分の胸に打ち込み
7月30日このベッドの上で亡くなりました。
教会ではお葬式はできず、(自殺をした人の葬式はやりたくないと断わられたそうです。)
このラヴ-亭でお葬式をごくわずか9人の参列者。(宗教的な儀式なし)
神父さんに自殺をした者には、村の葬儀馬車を使わせない と言ったため。川向こうの村から別の葬儀馬車を。借りたそうです。
葬式ですがレストラン の中、ビリヤード台の上に棺桶を置きそして
その棺桶の周りにゴッホの描いた絵画を飾ったそうです。
弟テオは葬式のあと彼の所持品全部を引き取ってパリに持って帰ったそうです。
隣の部屋はゴッホと同じオランダ人印象派の画家のが住んでたそうです。
彼の絵画が飾られてます。部屋の家具は当時のものではないそうです。



ラヴー亭(ゴッホの家)とレストラン
 Auberge Ravoux (Maison de Van Gogh)
 住所: 52 Rue du Général de Gaulle 95430 Auvers-sur-Oise
 開館: 3月~10月末、水~日曜 10:00~18:00(冬季11~2月末は休館)

レストランは要予約DSC_2668

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